お知らせ

クリスマスコフレ発売!


main

title

3lines

昨年10月末にデビューしたKAGURE holistic beauty。2年目のクリスマスに、初のコフレセットを発売します。
KAGUREのクリスマスコフレは、乾燥するこの季節にぴったりの保湿ケアセット。美容液、スキンオイルの本商品と、大人気のトライアルキット(クレンジング、化粧水、クリームのミニサイズ)などが入って、なんと¥10,000(税込)の大特価です。
クリスマスだけの限定セット、日頃ご愛用いただいている方も、初めて試される方も、この機会をどうぞお見逃しなく!

【詳細】
販売期間:2012年12月12日(水)〜12月25日(火)
場所(対象店舗):かぐれ表参道店、かぐれ丸の内店、UR Store心斎橋店、UR Storeルクア大阪店、UR Store東京スカイツリー・ソラマチ店、UR Storeラゾーナ川崎プラザ店

kei_600

set
set1

set1_t

set2

set2_t

農薬を使用せず有機肥料で栽培したうるおい成分のヘチマ水を始めとする植物水や、アルゲエキス、そしてヨーロッパキイチゴ種子油などの植物オイルを配合。またチャ葉エキス、セイヨウシロヤナギ樹皮エキスなどの植物エキスが 透明感のある肌へ整えます。すっきりとしたつけ心地でありながら、しっかりと肌のベールを作る保湿美容液です。

一粒一粒のカプセルに、うるおいを保つマカデミアナッツオイル、アルガニアスピノサ核油、クランベリー種子油、ザクロ種子油などの10種類の植物オイルを配合。 さらに、肌をやさしくケアするモモノ葉エキス、ビワ葉エキスなどの植物エキスは、オイル抽出をしてブレンドしています。ふっくらハリのある肌へ整えるスペシャルケアオイルです。

set3
set3_t

KAGURE holistic beautyシリーズから、特に人気の高い3アイテムがお得なキットになりました。約1週間たっぷり使えるサイズで、旅行先でのスキンケアにもおすすめです。
クレンジングミルク(25g)・ モイスチャーローション(30ml) ・クリーミークリーム(8ml)

price

banner

はじめての鍛冶体験


main

omoto「つづく、日々へ」企画コンテンツ 》
※この記事は、2011年のomoto「手から手へ」展で配布した冊子からの再録です。

 いわきのomoto宅で、遅くまで飲み語らった次の朝、遠くからざあっざあっと波が寄せてくるような音が響き、心地よく目を覚ましました。
 その音の正体は、康人さんが鍛冶場の火をいれるために砂利を整えている音でした。朝飯前とはこのことで、朝一番から包丁を一丁、軽快なリズムで鍛え上げていきます。
 途中、ともちゃんの煎れてくれた珈琲を飲みながら、職人芸を眺める贅沢な朝から、この1日は始まったのでした。後に災難が待っているとは露にも思わず……。

a

 縁側で、外を眺めながらすばらしい食事をいただいた後、私の体験の時間となりました。まず康人さんが見本をみせてくれます。みるみるうちに、ただの四角い鉄の棒が、曲がり、伸び、尖り、和釘へと変身して行きます。無駄な手はひとつもなく、あまりにもスムーズに釘になったのでまるで最初からその形になるための鉄だったよう。
 康人さんの鮮やかな手さばきに感動したまま、鍛冶場に座り、見た通りをイメージして叩いていったら、なんと、なかなかすんなり、良いものができてしまいました! 師匠の軽快なリズムを踏襲しようとしたのが良かったのか、omotoのふたりにも褒められてご満悦。

b

 鉄をたたくのはもちろん、鍛冶場に入ることも、炉に鉄を入れることも、大きな火箸をもつこともはじめて。苦労したのは火箸で小さな鉄がうまくつかめないこと、槌が重すぎて、右手が挙がらなくなっていくこと。叩き終わって水でジュッと冷やした後、右手はしばらくしびれて使えませんでした。
 悲劇はそこから1時間後に起こります。康人さんの2枚の刃を一気につくる包丁作りの行程を見学させていただいている最中、鋭い火花が散ったと思ったら、その鉄の一片が私の右目にまっしぐらに突入してきたのです! すぐ病院へ行き、事なきを得たのですが、康人さん曰く「あんまり最初からうまく作ったから、火の神様がご機嫌を損ねたんだよ。」痛くもうれしい褒め言葉?をいただいたのでした。

wakugi
dot

【プロフィール】
渡辺 敦子(わたなべ・あつこ)

中央大学卒業後、筑波大学芸術専門学群日本画専攻卒業。日本画と共に陶芸作品を制作。栃木県益子町の「STARNET」でもの作りと地産地消、循環型のくらしを体験。そこで出会ったアーバンリサーチと、2008年「かぐれ」をオープン。

ブログ:かぐれはこんなふうに
facebook

profile

dot

つづく景色たちへ<後編>

2012年11月28日 お知らせ, 作家, 読みもの
タグ ::

つづく景色たちへ<後編>


main

credit

title

omoto「つづく、日々へ」企画コンテンツ 》

 私はその頃、危険と言われる物に対しての知識はまだそんなになく、逆にそんな知識は今の自分には必要ないと思っていた。そんな時、いつも行っている地元の自然食品店の店主に「確かに放射能は危険だけど、危険な物は今までだって沢山あったのにね。その証拠に病気でなくなる原因の上位は、今までずっとガンだったし」と、言われた。その言葉を聴いて私はこのお店がある限りいわきで生きていける気がした。人より沢山の知識を持っている人は視点も違うのだなと思った。
 それから少しずつ、自分の身体に入れる物にはそれまで以上によく考える様になった。少しでも不安に思うのだったら、結果がどうであれ庭の野菜だって検査に出してみる。それを受け入れるしかないのだ。本当の所はどうなんだろうと不安に思いながら食べ続けるよりよっぽどいい。夫が昔「お母さんが毎日きちんと出汁をとった味噌汁を子供に作ってあげてたら、きっとキレる子なんていなくなるよね」とよく言っていた。だから私は「お腹が空いた」と思ったらまずかつお節を削るとこから始める。なるべくきちんと出汁をとってお味噌汁を作る。毎日、毎日つづけると自然と身体がそう動く。人に話すと凄いね!と言われるが、取り立てて凄い事をやってる訳ではなく、どちらかと言えば手を抜いても美味しく出来る簡単な方法なのだと私は思う。

b

 美味しい物は、意外とシンプルで簡単だったりする。もちろん人の価値観や味覚はそれぞれ違うから、同じものを美味しいと思うかどうかは分からない。ただもう一つ、大事な味付けは、それを誰と食べるかということ。前に友人が言っていた、「食事は何を食べるかも大事だけど、誰と食べるかが大事だと思う」もう何年も前のことだけど、今でも忘れられない言葉。一人でのご飯はやっぱり少し味気ない。ふと、思い出す。あの時、母もそう思っていたかもしれない。あと何回、あの人と楽しいご飯が食べれるだろう。そう思いながら、毎日毎日ご飯を作り、それを食べ、それが力になり布に向かい手を動かし、それをせっせっと使ってもらえる人の場所へ運ぶ。時には丸太に向かいせっせと鍛冶修行。
 自然も町も店も物も人もいつだってそこにある、つづいていく、ずっと。形は変わるかもしれない。もしかしたら消えてなくなるかもしれない。だけど、つづいていく。だから幸せは、探す物ではなくて受け入れること。もうすでに、そこにあるから。

a
kei_600

【プロフィール】
鈴木 智子(すずき・ともこ)

福島県いわき市生まれ。
地元の専門学校を卒業後、縫製会社勤務を経て、2003年に上京。大手アパレルメーカーでパタンナーとして活動しながら服を中心としたオリジナルなものづくりを始める。その後独立し、2009年「 omoto 」を立ち上げる。現在は自宅兼工房のある世田谷といわきを行き来しながら制作活動を行っている。

http://www.nunototetsu.com/
ブログ:http://chisouan.exblog.jp/

profile
kei_600

「つづく景色たちへ」<前編>

「はじめての鍛冶体験」

明日はオマケ編。かぐれディレクター渡辺の「はじめての鍛冶体験」をお届けします!

2012年11月27日 お知らせ, 作家, 読みもの
タグ ::

「MAISHA No.6」に掲載されました。


maisha6

幻冬舎「MAISHA No.6」で
BEAUTY OILが紹介されています。
“メイクアップアーティストMICHIRUさんのビューティフル・ライフ”
94ページ
オイル美容におすすめのアイテムとして
ご紹介いただきました。
是非お手に取ってご覧ください。
2012年11月26日 プレス情報
タグ ::

アメリカン・フックド・ラグと暮しの手帖


アメリカン・フックド・ラグと暮しの手帖

アメリカン・フックド・ラグと暮しの手帖

date

lead

sub

kei_600

【詳細】
日時:2012年12月5日(水)~12月30日(日)
場所:かぐれ表参道
内容:雑誌『暮しの手帖』の創刊者・花森安治が描いた『暮しの手帖』の表紙絵を、ラグ愛好家17人が再現したアメリカン・フックド・ラグの展示。
※12月20日(木)はイベント開催のため18時で終了。
※最終日は17時で終了。

【関連イベント】

event_title

日時:12月9日(日)14:30〜16:00
会費:¥1,000(お茶とお菓子付)
『暮しの手帖』でラグの作り方を指導された小林恵さんと、編集長の松浦弥太郎さんが、アメリカン・フックド・ラグの魅力や、アメリカ文化についてお話します。

詳細はこちら

kei_600

【プロフィール】
小林 恵(こばやし・けい)
2011年までアメリカで50年近く生活をし、アメリカのフォークアートの魅力を日本に伝え続ける。著書に『アメリカン・フックドラグ』(主婦と生活社)、『アメリカ人形』『アメリカンパッチワークキルト事典』(ともに文化出版局)、『マンハッタンは皿の上』(朝日新聞社出版)ほか。

http://www.ny-apple.com/

kei_dot
techo_h1

暮しの手帖とは
1948年に大橋鎭子と花森安治が創刊した家庭雑誌。2006年に松浦弥太郎が編集長に就任。衣・食・住にまつわる記事をとおして、毎日を美しくする工夫と発案を提案している。奇数月25日発売。

kei_600

watanabe

19世紀の中頃、アメリカで生まれた「アメリカン・フックド・ラグ」は、キルトと並ぶアメリカのフォークアートです。カーペットがとても高価で買えなかったヨーロッパの移民たちが、寒さをしのぐために穀物をいれる麻袋などの粗い布に、着古したセーターなどを編み込んでいって敷物としたのがはじまりでした。寒さをしのぐために作られたとはいえ、ラグには暮らしまわりの植物や動物、家や人物が生き生きと描かれていて、当時の人々の生活への愛が伝わってくるように思います。

watanabe_img

産業革命の後、安いカーペットの普及とともにいったん廃れてしまったフックド・ラグやキルトなどのホームクラフトは、1930年代、伝統的なクラフトを見直す民芸運動の盛り上がりとともに再注目されました。その頃大流行したラグのデザインも、また個性的で楽しいものばかりです。なかには、夫婦の日常をシニカルに描いたものなどもあって、その創作の自由さにわくわくします。

フックド・ラグを紹介してくださった小林さんは、長年にわたってアメリカの暮らしから生まれた手作りの文化を伝えていらっしゃいますが、ホームクラフトは、自由で、誰にでも出来るのが魅力、と目をキラキラさせてお話されます。ラグは、安いものも簡単に手に入る時代ですが、ものづくりの楽しさは格別だと言います。

幸運にも、今回暮しの手帖社との共同企画で、かぐれでこのような展示ができることになりました。花森安治さんによって描かれた『暮しの手帖』の表紙絵を、小林さんの生徒さんたちが素晴らしいラグに仕立てています。(『暮しの手帖』の60、61号の2号にわたってこれらのフックド・ラグが紹介されています)
小林さんは「ものづくりには、夢中になって手を動かす時間、出来上がった時の達成感、またそれを人に見せたり、贈ったりして広がるコミュニケーション、そしてまた一人やってみようかな、という人が増えることの喜びが続く」とおっしゃいます。この醍醐味を、ぜひ実物のラグを通して味わっていただきたいと思います。

2012年11月26日 お知らせ, 企画展
タグ :: ,

つづく景色たちへ<前編>


main

credit

title

omoto「つづく、日々へ」企画コンテンツ 》

  自宅に鍛冶場を作り始めた時、夫は「出来るだけ師匠の長谷川さんと同じ様な空間にしたい」と言っていた。理由を聞くと「もし長谷川さんが辞めてしまったら、もうこの景色は見れなくなるだろう。だから、この景色を少しでも残しておきたいんだ」と言った。
 今年の5月に南相馬へ行ってきた。廃業する鍛冶屋さんから、今まで使っていた道具を譲ってくれると連絡があったからだ。お邪魔すると、奥さんが昔話を交えながらこれはこういう時に使って、こういうのを沢山作ってたんだ、と鍛冶の事も詳しく話してくれた。よくよく話を聞いてみると、どうやら向槌(二人の職人が交互に槌を打ち合わすこと)をやっていたらしく、かなり重そうな槌を見せてくれた。なるほど、景色が浮かんだ。
 昔、村の鍛冶屋では、奥さんが向槌をやることが多かったという。今はそれに代わるスプリングハンマーという大きな道具がある。しかし去年、うちにはその大きな道具を置く場所がなくなってしまった。いわきに帰ってきてふと私は、南相馬で浮かんだ景色を残したいと思った。向槌をやろう、と思ったのだ。あの時、鍛冶屋の奥さんは「悔しいんだー」と何度も言っていた。お客さんから「市販の物よりお父さんの作った物がいい」って言われても、もうつくってあげられないって。
 ただ、道のりは長い。今の私しか知らない人は大概信じないが、実は私はかなりの不器用な人間なのである。布でつくる事は、10年以上やり続けてきてようやくこの位の事が出来る様になった。でも不器用だと自分で分かっている人は、何度も何度もつづければいつかは出来る日が来る事を知っているから、その道のりも意外と楽しかったりする。

a

 たまに点と点が線になってすとんとお腹に落ち、急にしっくりくる事があって、一人で手をポンとたたく事がある。一度気づくと、あれもこれもそうだった!と急に色んな事が自分の中で解決する。自分とも、他人とも、上手く付きあうには待つ事が必要だと思う。点と点が線になるのを。 去年、ようやく暖かくなってきた頃、まだ私はいわきにいる事が本当に大丈夫なんだろうかと半信半疑のままでいた。地元にいる人たちはやっぱり口を揃えて「もうこの土地に未来はない」と言ったし、「いわきで育った物は出来れば食べたくない」と言う人もいた。それでもこの土地に住んでいる。

b

to_next

kei_600

【プロフィール】
鈴木 智子(すずき・ともこ)

福島県いわき市生まれ。
地元の専門学校を卒業後、縫製会社勤務を経て、2003年に上京。大手アパレルメーカーでパタンナーとして活動しながら服を中心としたオリジナルなものづくりを始める。その後独立し、2009年「 omoto 」を立ち上げる。現在は自宅兼工房のある世田谷といわきを行き来しながら制作活動を行っている。

http://www.nunototetsu.com/
ブログ:http://chisouan.exblog.jp/

profile
kei_600

「すべてつながる日々へ」

「つづく景色たちへ」<後編>→

明日はomoto智子さんの「つづく景色たちへ」<後編>をお届けします!

2012年11月26日 お知らせ, 作家, 読みもの
タグ ::

「虹の光の贈り物」by nymphs


main

date

lead

kei_600
sub

【詳細】
日時:12月6日(木)~12月26日(水)
場所:かぐれ丸の内
デザイナー在廊日:14日(金)、15日(土) 両日共に16時~20時
デザイナー在廊時には特別に、アクセサリーに使用する石をお選びいただけます。
在廊日にリングをご購入下さった方には、特別な刻印をお入れいたします。
※刻印可能なリングに限りますので、ご了承くださいませ。
※刻印にはお時間を頂戴します。

kei_600

【プロフィール】
nymphs / ニンフス
林 光宣

美大でファッションを専攻し、卒業後に仏へ留学。東京でファッションデザイナーとして働いたのち、独学でアクセサリーを学び、K18 を用いたジュエリーブランドnymphs を始める。
2004 年 nymphs として展開
2010 年 天然石シリーズn*rainbow 展開
2011 年 ブライダルラインArbre Deux 展開
2012 年 otsu×nymphs コラボ 企画 展開

nymphs:http://www.nymphs.jp/

profile
2012年11月25日 お知らせ, 企画展
タグ :: ,

すべてつながる日々へ


main

credit

omoto「つづく、日々へ」企画コンテンツ 》

 1964年。僕は杉並の小さな街で空に浮かぶ5つの輪を見ていた。隣では父が姉の自転車の修理をしている。父の職業は彫金師である。当時それなりに腕のいい職人であったらしい。程なくして僕は回りの大人達の事情で福島県いわき市へと養子に出されるのである。職人の子から商人の子へと。
 複雑な人間関係を低い目線で見つめながら、やがて大人になり人一倍強い自我を振り回し勝手に生きて来たような気がする。東京で20年続けて来た服飾の仕事に見切りをつけて再びいわきに戻って来た時、僕には少しの友達と犬しかいなかった。勝手な思い込みである。

a

 往々にして人は勘違いをしながら平気で生きている。僕はその勘違いを40歳を過ぎても気がつかないでいたのだ。ある日ひとりの男が僕の仕事場をたずねてきた。彼を通してある女性に出会うことになる。今の妻である。山に行ったり海に行ったり、少しずつ僕は忙しくなってきた。明日が楽しみになってきた。その都度友人が一人二人と又増えていった。
 日々を生きると言うことは人や物との関わりの大切さを実感させてくれる。つづけていけることの難しさ、あるいは楽しさ、すべて自分の内側に存在する感動の破片のような気がする。あたりまえがあたりまえじゃ無くなる事もある。いるはずの人がいなくなる日も来る。だから瞬間瞬間感謝をします。今こうして鍛冶職をさせて頂いているという感謝。生まれた事、生きている事、出会った事、出会える事、すべてに感謝。

b

 最近思う。嫌な事も全て今の喜びに繋がっていたのだと。僕の物作りは沢山の方達のサポートがあって出来る事だと感じている。一人鍛冶場に籠って作り上げるだけではなく、沢山の方々と関わりを持った物作りをして行きたいと思う。出会った人達に感謝。僕をつまずかせた小石にも感謝。そして妻に、ありがとう。
 父の背中を見ずに育った僕は気がついたら鉄にヤスリを掛けている。カリカリと……。ありがとう、親父。

c
kei_600

【プロフィール】
鈴木 康人(すずき やすと)

福島県いわき市出身。
メンズファッション専門学校を卒業後、故石津謙介氏に師事。40代にいわきに戻り刃物研ぎ師としての道を歩み始める。地元の野鍛冶長谷川昭三氏に師事、鍛冶の技術を身に付けながら同時に県内外の物づくりイベントに参加。

http://www.nunototetsu.com/
ブログ:http://chisouan.exblog.jp/

profile
kei_600

東京→いわき撮影日誌(カメラマン編)

「つづく景色たちへ」<前編>→

明日はomoto智子さんの「つづく景色たちへ」<前編>をお届けします!

2012年11月25日 お知らせ, 作家, 読みもの
タグ ::

東京→いわき撮影日誌(カメラマン編)


main

omoto「つづく、日々へ」企画コンテンツ 》

 “omoto = 美味しい物”というイメージになってしまった。
「食べ物は絶対にすてない」こんなあたりまえのようなことがうちにはできん。腐らせてしまったり料理に失敗したらそれまで。二人はいろいろな方法で美味しくする術を知っていて、それは日常の生活にも表れているようだった。

futari

 ─ 鶏肉の味噌漬け
「これ美味しいから食べてみて ! 」 と言う康人さん。うちらの顔をのぞきこむ智子さん。「 美味しい !」と言ううちらに「やったじゃん」という康人さん。まだ出会って間もない二人だけどいい関係だなぁ、と思った。

 ─ さんま
撮影後、炭をだして一人もくもくと焼き始める康人さん。差し入れのおやつを頂きながらしゃべり続けるうちら。「大根おろしは ?」と康人さん。それでもしゃべり続けるうちら。いつのまにか大根おろしの山が食卓にあった。「あ、結局自分でおろしてるね」と智子さん。そしてあっというまにさんまをお皿にもってくれた二人。本当、いい関係だなぁ、と思った。

sanma

 ─ ひまわりの豆腐
omotoの撮影での記憶といったらどうしても“ひまわり”(お店の名前)の豆腐が頭に浮かぶ。お酒を飲み干した深夜、康人さんの熱弁で始まった豆腐話。「ひまわりの豆腐」のイメージがかなりかたまってきた頃 さっと食卓にだしてくれた智子さん。絶妙なタイミング。ちょっとかたそうな豆腐にネギ。冷や奴というものがこんなに美味しい物だなんて。一日のしめに一つのお豆腐を囲んでみんなで食べる。未だにあの味はおぼえている。

syugo
dot

【プロフィール】
濱津 和貴(はまつ・わき)

かぐれでも活躍中の、フリーカメラマン。海のない群馬で初期幼少期を経た後海の綺麗な高知で10代を過ごす。この頃は群馬が大都会だと思っていた。その後、20代の半分以上をサンフランシスコで過ごし、写真、文化、コミュニケーションのあり方などを学ぶ。2009年より都内のスタジオ勤務後、2011年、独立。親の影響もあり、自然をこよなく愛す。旅(特に田舎)、食、音楽などをメインに撮り続ける。基本言語は標準語50、土佐弁30、英語20。

wakihamatsu.com

waki

dot

東京→いわき撮影日誌(スタッフ編)

すべてつながる日々へ→

明日はomoto康人さんの「すべてつながる日々へ」をお届けします!

2012年11月24日 お知らせ, 作家, 読みもの
タグ ::

東京→いわき撮影日誌(スタッフ編)


main

omoto「つづく、日々へ」企画コンテンツ 》

 10月某日、DMに使用する写真撮影のため、いわきのomoto邸にお邪魔しました。普段店頭でomotoの商品に触れているものの、実際にそれらが産まれる場所を見てみたいという気持ちが常にどこかにあり、その念願が遂に叶いました。撮影前日、二人の車に同乗させてもらい東京を出発。「バタバタ慌てて出てきたから、汚いよ−。」とつぶやく智子さんでしたが、omoto邸に足を踏み入れた瞬間、「どこが汚いの!」と心の中で叫びました。
 玄関に置いてある砥石やかご、作業部屋に並べられたたくさんの反物、台所にある鍋つかみや味噌桶、廊下に佇む古いミシン。家の中にある全てのモノが在るべき場所を与えられ、それぞれが静かにその存在感を湛えていました。せっせと車から荷物を運び出している二人。家全体から放たれる磁力にすっかり引き込まれてしまった私は、一人ふらふらと家の中を彷徨っていました。「元の場所にモノを戻す」という当たり前の行為に励んでいる人の姿はこんなにも尊いものなのかしら、と手伝いもせずにただ二人を眺めていたのでした。

2

 その日の夕飯は鍋。市販の素は使わず、ゆっくり出汁からひく智子さん。支度ができるまで道具の手入れをしたり、愛犬・まるの散歩に出掛ける康人さん。基本的に二人は静かで、時間も丁寧に流れているような。 「この心地良さはなんだろう」
智子さん特製鍋をたらふく食べ、お風呂をいただき、ふかふかの布団に入って、改めてomoto邸の不思議な居心地の良さについて考えました。が、答えが見つかる前に睡魔が迎えに来てしまい、撮影当日の朝を迎えました。

dot

 翌日、お昼前にカメラマン・和貴さんが到着。和貴さんとomotoの二人は初対面でしたが、挨拶もそこそこにDM撮影開始。今回のDMは康人さんの提案で、夫婦で鉄を打っている風景に。熱く熱した鉄を小槌で打つ康人さんと、彼の合図で向槌として重たい槌を何度も振り下ろす智子さん。そして、その一瞬一瞬をカメラに収める和貴さん。鉄を打つ音とシャッター音が響く3人のフォトセッションは、言葉に出来ない感動がありました。
 改心の一枚が撮れて、お昼休憩。その頃には和貴さんとomotoもすっかり打ち解けていました。フィールドは違うけれど、同じものづくりをする者同士は、言葉よりも共に作ることで理解し合っていくのかなと思いながら、智子さん特製ランチをお腹いっぱいいただきました。
 午後の撮影はワークショップの告知用やプロフィール用など細かく撮影。撮影の合間に、一人熱心に部屋の風景を撮っていた和貴さんも、きっとomoto邸の放つ何かに魅せられていたのでしょう。

3

 驚いたのは撮影中に次から次へとお客さんがいらしたこと。包丁の研ぎ依頼から、撮影の様子を見に来たご近所さんまで、チャイムも特に鳴らさず「ごめんくださーい!」の一言で部屋に入ってくる一人ひとりに丁寧に接するomotoの二人。撮影終了後は、そのご近所さんも一緒に大宴会が始まりました。
 「○○さんからいただいたもの」と智子さんが部屋の奥から持って来てくれるお酒はどれも美味しく、康人さんが炭で焼いてくれた秋刀魚も絶品。二人にとっては、私を含めた突然の来訪者を快く迎えることも、家にもらいもののお酒があることも、魚を炭で焼くこともごく当たり前の日々の一場面もしれないけれど、わたしにとってはどれも驚くことばかりで、なんだかそこに居心地の良さの理由があるような気がしました。

1

 モノを慈しみ、優しい距離感で人と関わる日々。昨夜、二人でいる時はお互い静かだなと感じたのは、彼らの家に蓄積された日々の記憶と大事に使い続けてきたモノたちが発するかそけき声に耳を澄ましているからではないか。そう思うと、お店でomotoの商品に触れたお客様がそっと優しく微笑む光景をよく目にするのも、きっと、そういうomotoの日々が込められているからなんだな、と一人納得しました。
 心地良い気分でふと時計を見ると、最終の高速バスの時間まであと10分。「明日、朝一のバスで東京に戻ればいいよ」
二人の言葉に甘えて、連泊決定。その夜もふかふかの布団で眠り、翌朝はいわきから直接かぐれに出勤しました。

dot

東京→いわき撮影日誌(カメラマン編)→

明日はカメラマン和貴さんの撮影日誌をお届けします!

2012年11月23日 お知らせ, 作家, 読みもの
タグ ::