お知らせ

石原稔久 陶展「手のひらの形」

石原稔久 陶展「手のひらの形」

石原稔久 陶展
手のひらの形

2014年4月11日(金)─20日(日) かぐれ表参道

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【概要】
会期:2014年4月11日(金)〜4月20日(日)
場所:かぐれ表参道 accessmap

※11日は14:00オープン。
オープニングトークイベントのため、表参道店2Fは17:30でクローズします。
※13日(日)はイベントのため、展示会場は17:00でクローズします。

展示内容:
幼い人から長けた人、春夏秋冬、朝昼晩に味わうお椀
~両手のひらをあわせてくぼませた形~
・耐熱のキャセロールや直火鍋
・野焼き土人形、埴輪
・自作物語絵本

作家在廊 11日(金)、12日(土)、13日(日)

石原稔久 陶展「手のひらの形」

profile

【プロフィール】
石原 稔久(いしはら としひさ)
1973年 福岡県直方市生まれ
1996年 武蔵野美術大学彫刻科卒
1998年 茨城県笠間窯業指導所終了
2000年 福岡県宮若市にて薪窯築窯
2011年 自作の文・人形の絵本冊子を制作
現在 展覧会を中心に活動中

URL:www.toshihisaishihara.com

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関連イベント
オープニングトークイベント 大地から焼き物へ

トークイベント

2014年4月11日(金)18:30~ 
かぐれ表参道2F
石原さんと本展キュレーター・石田紀佳さんに、原初への道中、かぐれでの展示にお二人はどのような思いで臨まれたのか、じっくりお話をしてもらいます。

つむぎやによる晩餐会 one bowl, one night

夜ご飯の会

2014年4月13日(日)18:00~ 
かぐれ表参道2F
石原さんの手のひら碗でつむぎやのディナーコースをお楽しみいただきながら、一つの椀(one bowl)が持つ可能性を大いにご体験いただきます。

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2009年の4月に、できたてほやほやのかぐれとその前庭(街野原)のために石原さんが作品をつくってくれました。「目覚めの朝」というコンセプトは4月という芽吹きの季節と、かぐれの出発を祝うものでした。
街に働く人々がその1日をはじめる器と帰ってきた人々がそれぞれの部屋に小さな野原を灯す植木鉢を、いくつか置いていただきました。

今回は、手仕事を大切にするかぐれと手びねりの作品を主にしている石原さんの仕事を重ねて「手のひらから生まれる形」に焦点をあてています。
わたしたちは、葉っぱや貝殻、竹、木、石、金物、土などさまざまなもので食べ物を加工したり盛ったりしますがはじまりはどうだったのでしょうか。

手を自由に動かせるようになった人類が最初につかった器はやっぱり手だったのではないか、実際はわかりませんが、そんな原初の行為を想像する会話を石原さんとしてきました。

猫や犬は前脚で食べ物をおさえたり抱えるようにして食べます。お猿の子供は手のひらにものをのせて遊んだりもします。だから手を使うのは人間だけではないのですが、平らなところではこぼれてしまう水を手のくぼみにとどめて口に運ぶなんて、大進化ですね。
そんなすばらしい道具である手で、わたしたちの祖先は土をすくって、家も畑もつくっていったのです。そしてあるとき焼いて固まった土が器になっていったのでしょう。

石原さんが粘土を手のひらで丸めて、握りこぶしでくぼみをつくって、そしてまた手のひらや指をつかって形づくった、手のひら碗。これは世界中にある器の原型。フランスのカフェオレボウルも托鉢の僧侶がもっているのもこの形。
今の暮らしでは、ひとつの碗だけで食をすますことは少ないですが、ときにはこの手のひら碗だけで食生活を体験してみてはどうでしょうか。お花もいけられますね。
深め、浅め、おおぶり、こぶり、いろんな人の手を思って石原さんはつくるようです。ぜひご自分の手のひらとあわせて、ご覧ください。
わたしは、自分の手のひらにおさまるのはどんなのかなあ、きっとあるよね、と手をくぼませてのぞきこんで、おもしろがっています。

そして耐熱のキャセロール。手のひらは器になっても、お鍋には……ぜんぜん無理ですね。その直接はさわれない火を、土が仲立ちしてくれます。
土器によって、石焼きではできない、水気のあるものを煮ることができるようになりました。縄文土器よりはずいぶん洗練されて見えるキャセロールですが、じつは連綿とつづく土と火の関係なのです。
石原さんいわく彫刻のようにつくっているとのこと。(つむぎやさんからのリクエストのキャセロールもあります)

土や火のことを考えていると、地球のはじまりにも興味がでてきます。そんな原初への旅をしていると5年という時間がとっても短いようにも感じます。
でも、あのときからの年月は街野原の茂みにしっかりとあります。なかなか育たないなあ、土が固いよ、石だらけ、ここは陽があたりすぎ、でもあそこはあたらなさすぎ、との人の心配はおかまいなく、草木も土も育ちました。
クワやビワ、木いちごなど最初に植えたものも、あたらしく来た花々も、消えて土になった草々もみんなあわさって、なつかしいような、(都会では)めずらしいような、この先に続いていく小径になっています。原風景は、いつでもどこでも、生まれています。

石原稔久さんの器も人形も絵本物語も、なつかしいような、めずらしいような、この先に続いていく「原初さ」をもっている。原初さって、今つくったいいまわしですけど、うぶで力強いものをさしています。

まるでこの手のひらのように。

2009dm

二回目、五年を経た かぐれでの石原稔久の個展によせて

2014年03月29日 企画展
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